不動産投資に関わる話、経済的に成功した男と漁夫。その1
原文は他にあると思うのですが、
もはやどこで拾ったか不明です。
ネットに記載あるもので解説したら、
権利関係がややこしいので、
私が記憶して人に話す時に使うストーリーで、
話していきます。
私はレバレッジシンキングの記事でも話をしたのですが、
キーワードや、民話のようなストーリー。
それらに落とし込んで記憶し、
自分の人生に役立てています。
その一つを伝えます。
不動産投資に関わる話、経済的に成功した男と漁夫。その2
経済的に成功した男は、
ある島に観光で来ていた。
経済的に成功した男が、
その島の港近くを歩いていると、
まさに今漁を終えて帰ってきた漁夫に出会いました。
漁夫の舟には大量に魚が取れていたので、
経済的に成功した男が、
「大漁ですね!!」と声をかけます。
すると漁夫が、
「この海はいつでもたくさん取れるんだ。」と答えました。
「もう今日は仕事はお終いにして、家で奥さんと愛しあい、子供と遊ぶんだ。」
と続けて漁夫が答えます。
「そんなに取れるなら、漁師を集めて魚を売る仕事をやってみたらどうだい?」
と経済的に成功した男が聞くと、
「その仕事をしたら、俺は今とどう変わるんだい?」と漁夫は答えた。
「自分がほとんど働かなくてもお金が入るから、好きなことだけできるよ」
と経済的に成功した男は答えたのですが、
漁夫は笑って、こう言いました。
「漁師を集めて、まとめることは大変だよ。そんなことに時間は使えないよ。」
「だって、もう俺は今の時点で好きなことしかしていないからね」
不動産投資に関わる話、経済的に成功した男と漁夫。その3
この話は、
お金と幸福について説明する話として、
いくつかパターンがあって、
有名な話っぽいです。
私はこの話が気持ち悪くて、
聞いてられないほどです。
それは漁夫が、
今しか見ていないからです。
今を見れば確かに、
経済的に成功した男と漁夫は、
「自分の好きなことだけをやっていて時間があるし、幸せ」です。
人間の幸福については、
様々な理屈や、考え方、個人の捉えかた、
あると思います。
今の幸せが続けば何も問題ありません。
ですが、私はジョージバーナードショーの言葉が、
すべてを語っていると思っていて、
「富を産まずに富を消費してはならないように、
幸福を創り出さずに幸福を消費することはできない」
ジョージ・バーナード・ショー
本当にそうだと思います。
あー幸せだなーと感じる時、
私は同時に幸せを創り出す努力ができているか、
必ずセットで考えます。
今の私の幸せは、
誰のおかげなのか、
過去の自分の何がこの状況を創ったのか、
どうしたら継続するのか、
仕組みになっているか、
を考えずに、あー幸せだなーでは、
大切なモノを失うと思っています。
今の幸せは当たり前ではなく、
健康な体、健康な精神、大切な人、経済的な成功、
様々な状況が重なって生み出されている、
奇跡的な状況であると感謝しないと、
大切なモノを失うと思っています。
不動産投資に関わる話、経済的に成功した男と漁夫。その4
両腕を失ってしまったら。
私はこの話で健康を損なった場合、
このケースなら両腕を失ったら。
どうなるだろうか?
経済的に成功した男は、
もう自分が関わる必要なくお金が入ってきます。
そして腕を失ってできないことは、
家政婦に頼んで今まで通りの生活ができます。
それに対して、
漁夫は、今までのように家族の為に魚を取ることができません。
子供か母親が仕事をしないといけないでしょう。
そして、漁夫はその家族に支えられないと自分の生活もできません。
私はこの違いは大きいと思います。
世間的には、
不幸な事故で腕を失った弱者は、
支えられて当然という空気ですが、
私はまったくそう思いません。
誰にだって両腕を失う可能性がある。
そして、漁夫であれば可能性は一般的な人より、
高くないですか?
その準備を怠ったこと、
可愛そうな人で片付けるのは違うと思います。
宝くじに当たる人がいるように、
確率の問題ですからね。
宝くじがあたった時の準備を、
あれ買おうかな?これ買おうかな?
って考えるテンションで、
不幸になる準備もしておかないと、
バランスがおかしいと思っています。
私は、自分がそうなる可能性を考えて、
右利きですが、左手も使えるようにしていますし、
足である程度のことができるようにしています。
そして、私も経済的に成功した男と同じように、
自分がいなくてもお金が入ってくる仕組みをいくつも持っています。
なぜなら、大切な家族や奥さんに幸せでいてほしいからです。
私が両腕を失ったことで変わってしまう幸せ、
「 ではない価値 」を生み出したいからです。
いわば幸せの貯金という考え方です。
そこにある幸せではなく、
未来に向かってずっと幸せが続くように願い、
そして仕組み化していくのです。
不動産投資に関わる話、経済的に成功した男と漁夫。その5
子供達の未来
漁夫に言いたい。
あなたはその生き方で満足しているかもしれないが、
子供もそうだと決めつけていないか?
経済的に成功した男は、
自分が伝えたいことを子供に伝え、
子供の行きたいところ、
自分が連れて行ってあげたいところへ行き、
子供がやりたい仕事を応援できるだろう。
それに対して漁夫は、
島を出る選択をする子供達の助けになるだろうか、
色々な世界のいろいろな仕事を自分も知らないのに、
子供達に示してあげられるだろうか。
同じように魚を取ることしか、
やらしてあげられないんじゃないか。
別の章でもいうが、
もし魚が海の変化で取れなくなったら?
私は恐ろしくて、
こんな生き方はとてもじゃないができない。
私達の祖先もそうやって息絶えてきた歴史があるからだ。
私はできないことの多さで、
漁夫のような生き方を選ぶことはない。
あくまで私は、彼のようには生きられない。
不動産投資に関わる話、経済的に成功した男と漁夫。その6
海が変わって魚が取れなくなったら、どうなる?
経済的に成功した男は、
仕組みを1から創ることができるので、
社会情勢が変わっても、
変化に対応すればよいだけ。
それに対して、
海が変わって魚がいなくなったら、
この漁夫はどうなるだろうか、
まずはわかりやすく貧しくなる。
子供達の将来も絶望的だ。
持っているスキルが漁しかないのだから、
それで文字通り食えなくなるのだから、
悲惨でしかない。
豊かな海は現地の人だけで成り立つものか?
私の答えはNOだ。
地球は氷河期を繰り返してきたし、
海洋資源の問題は人口増加問題と関わっているし、
海そのものを見ても、変化しないなんてありえない。
魚の状況はもっと変化している。
絶滅した魚もいるだろう、
数の構成も変わっているだろう。
進化もしているだろう。
変化しないことは無い。
たくさんの変化が当たり前。
そんな変化を恨んでも仕方ないので、
変化に対応できるスキルを使って、
すべてを有利に使って生き抜いていく。
だから少ないスキルだけで生きていくこと、
そんな恐ろしいことを私はしない。
不動産投資に関わる話、経済的に成功した男と漁夫。その7
私は経済的に成功した男と漁夫の話をはじめて聞いた時、
違和感しかありませんでした。
そして、お金と幸福は別物だという話に利用されていると聞いて、
違和感しかありませんでした。
今現在を比べるとお金は幸せと別物と理解できますが、
この先変化があった時に不幸に近いのはどちらか?
未来への視点が抜けていると感じます。
「富を産まずに富を消費してはならないように、
幸福を創り出さずに幸福を消費することはできない」
ジョージ・バーナード・ショー
大切なモノを失うまえに、
何をしてその幸せがあるのか、
ちゃんと見れる人でいたい。
先の不幸など、今の自分の痛みではない。
そういう考え方もあると思います。
それすらも考えずに今が幸せだったらいいよって人。
いると思います。
じゃぁ、「 そうなった 」 時に
「 まわり 」 に迷惑をかけるなよ。
人生は自己責任。
言い訳しても、人を恨んでも、
何一つ良くならないから。
だって、人生を楽しめるかどうかも、
自分次第でしかないから。
だから私は楽しみます。
その為のすべての仕掛けは、
楽しんで創っていけますし、
楽しんでいたら未来が明るくなり、
そして、不幸になりにくいのであれば、
そんなにいいことはないと思います。
自己責任。
ということはどんだけ楽しんでも、自己責任。
最高やん。