京都フィナンシャルグループ(5844) +万円
株式会社の運営について②
10年目を迎えてる私の会社の成り立ちも一応書いておきます。
大学を卒業した私は、サラリーマンで営業を始めます。
一人でも生きていくための営業力、若くして部下を持たしてもらえる環境を利用してのマネジメント力、そして脱サラ起業しても困らない収入源の確保(ブログ収入)を目標に、光通信というゴリゴリの営業会社で1年半やりました。
そして、サラリーマンの間にした準備を活かして、脱サラ起業してホテル業をはじめます。
最初は上手くいくかもわからないので、個人事業主としてホテル業を運営しました。
順調に進んだら、「個人事業主」から「法人」にするつもりで起業したんですね。
数年経った頃、営業力、マネジメント力を活かして、脱サラ起業して始めたホテル業を軌道に乗せることができたので、予定通り「個人事業主」から「法人」へと進みます。
「個人事業主」から「法人」にしたことで、100%自分が出資して作った「自分の会社」が誕生しました。
私と奥さんで始めたホテル業は順調に大きくなっていき、正社員が10名以上いて、アルバイトも含めたら30人以上を雇用していました。
正社員の子達もいるので、この子達へ給料を支払えなくなった時のことを考え、利益は全て不動産に置き換えていくことになります。
ホテル業の売り上げが落ちても、不動産が下支えしてくれればという気持ちで買っていったんですよね。
あくまで保険ですからリスクをとるのではなく、買ったら直して貸し、一つ仕上がってお客さんがついてお金が入ってくるようになったら、次を買って直して貸すというサイクルを回しました。
そこそこ不動産も増えてきた頃、コロナがホテル業界を直撃。
パートナー企業と組んでホテル業の運営をしていたので、全てのホテル運営の権利を持っているわけではなく、そこから従業員をクビにしてくれとと頼まれて、私は拒否しました。
これがきっかけでパートナー企業と決裂。
そして、私はホテル業を手放すことになりました。
起業したホテル業を手放して私に残るのは、正社員の子達に給料を払うために保険として買っていた不動産でした。
従業員もいなくなった今、その子たちの給料になればと思っていたお金は、全て私に流れてくるようになり、働かなくても生きていけるようになって、今の生活があるわけですね。